大判例

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大阪高等裁判所 昭和52年(ネ)1167号 判決

控訴人

江口喜一

右訴訟代理人

朝山善成

被控訴人

樋口秀雄

右訴訟代理人

米原克彦

山元真士

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

原判決主文第二項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一被控訴人は本件土地(原判決添付別紙第一物件目録記載の宅地)を所有しているところ、山口に対し同土地を賃料について毎年六月三〇日および一二月三一日にそれまでの六か月分を持参して支払う約定で賃貸したこと、昭和三九年ごろから賃料は月額二、二五〇円であつたこと、山口は昭和四四年一二月三一日被控訴人に対し同年分の賃料二九、〇〇〇円を支払つたこと、山口は本件土地の賃貸借契約締結当時から昭和四七年二月一日まで本件建物(原判決添付別紙第二物件目録記載の居宅)を所有して同土地を占有していること、控訴人は同年同月二日から本件建物を所有して同土地を占有していること、山口が昭和四六年一〇月二日に同四五年一月から同四六年六月までの年額二九、〇〇〇円の割合による本件土地賃料として四三、五〇〇円の弁済供託したことは当事者間に争いがない。

二被控訴人は、山口との本件土地賃貸借契約は山口に賃料の不払があつたため昭和四六年九月に解除したと主張するので、まずこの点について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件土地、建物はもと山口の父の所有であつたが、昭和一三年ごろ山口の父が本件土地を被控訴人の父に売渡し、同人から本件建物所有の目的で同土地を賃借してきたが、本件土地は被控訴人が、本件建物は山口がそれぞれ相続し、その所有権を取得すると同時に右賃貸借契約関係をも承継し、昭和三九年ごろから同四四年まで賃料は年額二七、〇〇〇円(月額二、二五〇円)で、毎年六月三〇日および一二月三一日にそれまでの六か月分の賃料を山口が被控訴人方へ持参して支払う約定であつた。

2  被控訴人は、本件土地の近隣地の地代額の上昇を理由に、昭和四四年一月山口に対し同年一月から本件土地の賃料を年額三二、四〇〇円(月額二、七〇〇円、本件土地を九〇坪として、従前坪当り二五円としていたところを坪当り三〇円)に増額する旨申入れ、山口はこれを承諾した。

ところが、山口は昭和四四年一二月三一日被控訴人に対し同年分賃料の内二九、〇〇〇円を支払つただけで、同年分の残額三、四〇〇および同四五年一月から同四六年六月までの分四八、六〇〇円(合計五二、〇〇〇円)の賃料支払をしないで各支払期日を経過した。

3  被控訴人は、同四六年八月右五二、〇〇〇円の支払を催告する書面を書留内容証明郵便として山口に宛てて枚岡郵便局に二度差出し配達されたが、いずれも受領されず、郵便局から返送されてきた。そこで、被控訴人は、同月二八日妻チエノから山口の妻ハルエに対し右延滞賃料の支払催告書を郵便で出すから受取つてもらいたい旨口頭で申入れたうえで、右五二、〇〇〇円を書面の到達から七日以内に支払われたい旨の催告書を書留内容証明郵便として同郵便局に差出した。

右支払催告書は枚岡郵便局の配達員によつて翌二九日午後零時三〇分ごろ山口方(東大阪市喜里川町一番一〇号)に配達されたが、当時在宅していた山口の母は山口から郵便物を受領しないよう指示されていたので、配達員に「後に郵便局まで受取りに行く。」旨申出て、その場での受領を拒絶した。配達員は右支払催告書を枚岡郵便局へ持ち帰り、留置していたが、山口は受取りに出向かず放置したため、同郵便局は同年九月一〇日ごろこれを被控訴人に返送した。

被控訴人は、同月一〇日山口に対し本件土地の賃貸借契約の解除通知書を同郵便局に書留内容証明郵便として差し出し配達されたが、これも山口に受領されず後に返送されてきた。

そこで、被控訴人は同月一六日山口方を訪れ、山口の妻ハルエに対し、「本件土地の賃料の支払がないから、本件土地を返してもらいたい。」旨口頭で申入れ、ハルエはその旨を山口に伝える旨約した。

4  山口は、戦前から本件建物に居住してきたところ、昭和四六年ごろは事業経営失敗による多額の債務があり、本件建物についても同四五年から任意競売手続が開始され、また債権者の請求が厳しいため、本件建物もいずれ手離すことになると考え、同四六年八月ごろではもはや本件土地の賃料を支払う意思はほとんどなく、同年九月一二日には被控訴人に本件建物を買取つてもらいたい旨申入れたが、拒絶された。このように、山口は同年八、九月ごろ多額の債務があつたが返済の当てがなく、債権者からの追及を免れるため、自宅(本件建物)にはときどき夜間に帰宅するだけであつたが、妻ハルエとは必要に応じ電話などで連絡し合つていた。

山口の妻ハルエは、大正一二年生れの女性で、昭和二五年ごろから夫らと本件建物に住み、同四六年八、九月ごろは昼間働きに出たが、夜間は概ね在宅していた。ハルエは、かねてから夫に代つて本件土地の賃料を被控訴人方へ持参して支払つており、同年八月ごろ山口が前記2のとおり賃料の支払をしないで各支払期日を経過していることを知つていたし、山口が同年九月一二日被控訴人に本件建物の買取を申入れた際もこれに立ち会い、その間の事情を知つていた。

また、同年八月末ごろ本件建物には山口夫婦のほか山口の母が居住し、昼間は独りで在宅していた。山口の母は右の当時七〇才余りの高齢であつたが、日常の出来事に対する理解能力に欠けるところはなく、山口の指示に従い同人宛の郵便物の受領を拒絶していた。ハルエは甲第二号証の郵便の配達時の前記の事の経過を後に山口の母から聞いて知つていた。

以上の事実が認められ、右認定に反する前記山ロハルエの証言および原審被告山口楢雄本人尋問の結果は信用しえず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被控訴人あるいはその代理人が山口あるいはその妻ハルエに対し本件土地の賃料年額五四、〇〇〇円の増額および支払請求したと認めるに足りる証拠はない。

三以上の事実によると、山口は昭和四六年八月当時本件土地の昭和四四年分賃料の残額三、四〇〇円および同四五年一月から同四六年六月までの賃料債務四八、六〇〇円(合計五二、〇〇〇円)の支払を履行期を徒過して怠つていた。したがつて右賃料債務について山口に履行遅滞があつたというべきであり、被控訴人にその弁済について受領遅滞ないし拒絶があつたということはできない。控訴人の抗弁1(原判決五枚目裏一〇行目から同六枚目表五行目まで)は採用しない。

四意思表示または通知が相手方の支配し得る領域に入つたときは、到達があつたものと解すべきである。したがつて、たとえば、賃料の支払を怠つており、催告の通知がなされるおそれのある場合、賃借人が住居を留守がちにしており留守居の妻その他の家族において、賃借人あての書留郵便による通知を、賃借人のかねての指示により故意に受領を担絶したときは、社会通念上、もはや到達があつたものと解してよいというべきである(大審院昭和一一年二月一四日判決・民集一五巻一五八頁参照)。

これを本件について検討すると、前記の事実によると、被控訴人は山口に対し書留内容証明郵便(甲第二号証)をもつて本件土地賃料の支払催告をし、右郵便は山口に受領されなかつたが、被控訴人は右郵便を郵便局に差出すのについて、事前に妻チエノから山口と何時でも連絡しうる同人の妻ハルエに対し口頭で催告の内容の告知および受領の督促をしたこと、右郵便が山口方に配達された際、ハルエと同居し、通常人としての理解能力のある山口の母が山口のかねての指示により故意に受領せず、後日郵便局まで受取りに出向く旨配達員に申出ていることが認められる。してみると、右催告は昭和四六年八月三〇日山口の支配領域に入り同人の了知可能な状態に置かれたと認めることができる。すなわち右催告は同日山口に到達したというべきである。

次に、被控訴人は、書留内容証明郵便をもつて山口に対し本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をしたが、右郵便は山口に受領されず、所轄の枚岡郵便局から被控訴人に返送されたこと先に認定したとおりであるが、右郵便による契約解除の意思表示については、これが山口の了知可能な状態に置かれたと認めるに足りる事情があつたとは認められないから、山口に到達したということはできない。

しかし、前記の事実によると、被控訴人は、本件土地賃料の支払催告期間満了の日である昭和四六年九月六日以後である同月一六日山口の妻ハルエに対し本件土地の賃貸借契約の解除の意思表示をし、ハルエは何時でも山口に連絡し、その内容を知らせることができたから、右意思表示は直ちに山口が了知しうる状態に置かれたと認めることができ、同日その到達があつたというべきである。控訴人主張の昭和四六年一〇月二日になされた弁済供託は右解除の意思表示の到達の日以後になされたものであるから解除の意思表示の効力を左右するものではない。控訴人の抗弁2(原判決六枚目表六行目から一一行目まで)も採用することはできない。

五控訴人は、抗弁3(原判決六枚目表一二行目から裏四行目まで)として、山口が本件土地の賃料支払債務について履行遅滞があつたとしても、賃貸借契約の解除に値するほどの不信状態はなかつたと主張するが、前叙のとおり、山口は昭和四六年八月当時多額の債務を負担していて、本件建物についても任意競売手続が進められていたこと、一年以上の分の賃料支払を遅滞していたのに、その支払の意思をほとんど有していなかつたこと、山口は被控訴人から書留内容証明郵便による支払催告書を合理的な理由があるとは認められないのに故意に受領拒絶していることなどに鑑みると、本件土地賃貸借契約における山口と被控訴人との間の信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるということができない。控訴人の右抗弁も採用することはできない。

そうすると、被控訴人は山口との本件土地賃貸借関係は、昭和四六年九月一六日被控訴人の解除の意思表示によつて終了したというべく、控訴人のその余の抗弁はいずれも失当である。

六以上の次第で、被控訴人は控訴人に対し本件土地の所有権に基づいて本件建物収去、本件土地の明渡ならびに控訴人が本件土地に対する占有を始めた昭和四七年二月二日から明渡ずみまで前記賃料(年額三二、四〇〇円)相当損害金の支払を求めることができるというべきであるから、被控訴人の控訴人に対する本訴請求はすべて理由があり、正当として認容すべきである。原判決は本訴請求の一部を認容しているものであるから、本件控訴は理由がなく失当として棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用し、さらに同法一九六条により職権をもつて仮執行宣言を付することとし、主文のとおり判決する。

(山内敏彦 高山晨 大出晃之)

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